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トピックス by 高須 正和
2016/03/14 08:00
2016年1月、シンガポールサイエンスセンターに、Tinkering Studioという施設が新しくできた。Tinkとはカン!っていう擬音で、Tinkering(ティンカリング)とはカンカン音を立てて物理的な工作、図工っぽいことをやることを指す。Tinkering Studioは今、Makerになるための入り口としてとても注目されている。

世界の科学館の草分けがアジアに
世界中のいろんな国に科学館がある。近代の科学館の大本は、サンフランシスコにあるExploratoriumだ。それ以前にも科学の博物館はあったけど、Exploratoriumは訪れた人に「自分で科学を体験し、発見してもらう」ことを目指していることに特徴がある。Explorerというのは、探検しに行く、探しに行くという意味だ。
Exploratorium{.markup–anchor .markup–p-anchor}は、原爆の開発計画を主導したアメリカの科学者ロバート・オッペンハイマーの弟で、自身も物理学者だったフランク・オッペンハイマーが、物理学が爆弾にしか使われないことを悲しみ、体験として科学を理解する人を増やすことを目指して設立された。
大人から子どもまで楽しめるサンフランシスコの著名スポットになっただけではなく、取り組みの様子を書籍にして公開し、やりかたを広めるようにした。お台場の日本科学未来館のような体験型の科学館は、どこもExploratoriumの影響を受けている。
そのExploratoriumに、2015年にTinkering Studioとして、木工や紙工作といった物理的な工作を楽しむ施設が作られた。2016年にそのTinkering Studioのアジア版として、シンガポールのサイエンスセンターにTinkering Studioがやってきた。
Tinkeringってなんだろう?
Tinkとはカン!っていう擬音で、Tinkering(ティンカリング)とはカンカン音を立てて物理的な工作、図工っぽいことをやることを指す。おそらくブリキのTinからも来ているだろう、昔のオモチャはだいたいブリキでつくられていて、オズの魔法使いのブリキ男はTin manだ。Tinkeringという単語だけで英和辞書を引くと鋳掛け屋と出てくるけど、そちらではなくて、オモチャっぽい物理的な工作をする場所という意味だ。
なので、特に大げさな設備や秘密はない。図工に使える紙や木材、ハサミなどが置いてあるだけのスペースだ。日本のどの小中学校にも、設備の違いはあれど、図工室としてこういうスペースはあるだろう。設備と言うより考え方が違う。Tinkeringには「いじり回す」という意味合いもあり、目的に一直線に進むと言うよりは、なんとなく触ってみる、しっかり考えるより触りたいという感覚や手を優先させるニュアンスがある。「設計図をシェアしてものづくりを効率化する」的な考えとは、また別のスキルになる。いいTinkerがすぐれたエンジニアになるとは限らないが、優れたエンジニアの多くがTinkerとしての考え方を持っている。大人になってもおもちゃ箱のような部屋を作っている様子が思い浮かぶだろう。
とりあえず釘を打ってみる、のりで紙を貼り付けてみるといった初歩的な工作から、上に向かって風が吹き出して上昇気流を生む装置があって、どういう形を作ればより浮かぶかを、紙コップを切りながら試すなどの遊びをしていく。重たい素材でも形を工夫すれば浮かぶとか、薄い金属はバネにもなるとか、そういうことを体得していく。




なぜTinkeringが重要なのか?
とりたててハイテクでも発明でもないTinkeringは、いまクリエイターになるための入り口として期待されている。サイエンスセンターの館長T.メン・リムは、Tinkering Studioの意味についてオープニングスピーチでこう語った。

いまはスマートガジェットで何でも操作できる時代だ。特に若い人たちは巧みに指一本を操り、どんな情報でも引き出してしまう。それはすばらしいことだ。
だが、そうやって電子で脳を拡張することは、時に手や身体を使って考えることを忘れさせてしまう。
小さい子ども、特に10歳以下の子どもには、手や身体を使って何かを組み立てる、いろいろさわりながら試してみる経験と実験をしてもらいたい。その経験はスマートガジェットでは代替できない。
Tinkering Studioには、限られた少ない素材しかなくて、答えやハウツーはない。僕らはファシリテーションはするが、何かを教えるわけではない。
ここで試行錯誤した、何かを作ろうとして試した、そういう経験がもっとも大事だ。できあがるものは便利なものも、ばかげたものもあるだろう、でも結果よりもその好奇心、やりたいと思ったことに価値がある。
イノベーションは、答えがない問題に、こちらから答えを提示することだ。シンガポールの学生はここ10年、「正解を見つける」という「おべんきょう」では、世界に誇れる成果を出してきた。さらに先のステージに進もう。僕たちシンガポール人は限られた少ない素材を、工夫してやりくりすることで進んできたのだから。
Tinkeringが教育の中でどの部分を請け負い、社会にとってどう必要なのかを明快に説明するいいスピーチだった。同時にここがサンフランシスコとの提携によるアジア最初のTinkering Studioであることや、プレオープニングの期間にアジア太平洋科学未来館協会に公開し、北は中国から南はオーストラリア、東はフィリピンの科学館スタッフがすでにTinkering Studioを訪れたことなどにも触れつつ、最後にゲストとしてヴィヴィアン・バラクリシュナン外務大臣を、「たいへんにTinkeringが好きな大臣、熱心なTinkerler」として紹介した。

54歳になるこの外相のMake好きはシンガポールではとても有名で、首相のスピーチでも「ロボットやマイコンを操るホビイスト」と紹介されたり、政府広報でRaspberry Piとブレッドボードで自作したArduino互換マイコンを例にオープンソースハードウェアのすばらしさについて語るなど、シンガポールのエンジニアの代表みたいな存在だ。僕も「ギーク大臣」として何カ所かで紹介{.markup–anchor .markup–p-anchor}したことがある
Minister Vivian talks gadgets! (ヴィヴィアン大臣、ガジェットを語る!)と題された政府広報動画。
ヴィヴィアン大臣は、技術に明るい大臣らしく、マイコンの型番まで間違えずに出てくるようなスピーチで、
産業革命は、安く大量生産することが利益を生む時代だった。今はオリジナルのものを考え出さないと利益を生まない時代だ。
ロボットと人工知能が組み合わせることで、実行することは人間よりロボットのほうが上手になっていく。また、記憶することではもう機械と人間では勝負にならない。
ミドルクラスのホワイトカラーの仕事は重要性が下がっていく。僕は腕の良い眼科医だったが、今のエキシマレーザーのような精度で施術はできない。医者のスキルは手先の器用さではなく、「レーザーが眼科に利用できるかもしれない」といった複数の知見の組み合わせになった。
人間が価値を生むのは複数の異なるものを組み合わせて、そこからなにかを発見し、新しいものを作ることだ。その「組み合わせて新しいものを発明する」という行為は、Tinkeringにほかならない。
と意義を語り、その後の内覧会でもいくつも展示を試していた。

「特別な設備はない」と書いたように、このあと、どのようなワークショップがここで行われるかが大事になる施設だ。スタートは上々だったが、「要点をつかんでうまくやるが、地道な努力は苦手」とされるシンガポールで、このような試みは根付くだろうか?
Tinkeringのような「自発的に作らせる教育」は今世界のどこでも注目されていて、「どうやれば、うまくいきやすい」のか、みんな試行錯誤している状態だ。本家Exploratoriumにも、僕は5月に訪れることにしている。引き続き注目していきたい。
告知
この記事で登場したギーク大臣やシンガポールの事例など、アジアのMaker事情を、井内育生/きゅんくん/江渡浩一郎らとまとめた「メイカーズのエコシステム」{.markup–anchor .markup–p-anchor}(インプレスR&D刊)が出版されました。日本と深センで自らベンチャーを行う小笠原治/藤岡淳一も寄稿し、山形浩生さんがイノベーションが生まれる構造について解説しています。
By TAKASU Masakazu/高須正和{.p-author .h-card} on March 20, 2025.
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