2018/02/28 09:00


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失われた20年、大手製造業の品質偽装など、日本の製造業凋落が叫ばれて久しい。競って似たような記事を書くマスコミのせいもあるけど、多分に事実でもある。日経新聞には、日本のスタートアップも中国やアメリカに比べて元気がない{.markup–anchor .markup–p-anchor}という記事も載る。ところが、日本の「Maker」たちは元気で、彼らの生み出す市場規模はこの4年で10倍近くになり、今も拡大しつづけている。

日本の同人ハードウェアシーンは急速に拡大しつづけている

ソフトウェアの開発者がそうするように、Makerの多くは設計データなどの成果物を公開する。ダウンロードしてコンパイルすれば動かせるソフトウェアと違い、ハードウェアはデジタルデータだけでは使えないので、Maker自身で量産して頒布していることが多い。同人誌ならぬ同人ハードウェアとでも言おうか。

僕の勤務先であるスイッチサイエンスでは、2014年からそういうMakerの制作物の委託販売{.markup–anchor .markup–p-anchor}を強化した(具体的には手数料を下げて委託しやすくした)。コミケの同人誌の委託販売のようなものだ。

スイッチサイエンスの委託販売実績

上記はスイッチサイエンスの委託販売実績、出しているのはほぼ日本国内のMakerのものだ。見てのとおり、2013年に比べて2017年は総売上が874%も拡大している。委託販売手数料を下げた2014年との比較でも450%。2016年比でさえ50%も伸びている。

もちろん6131万円というのは大きい数字じゃない。同人の出版物市場775億円(矢野経済研究所調査、2015年){.markup–anchor .markup–p-anchor}の0.1%に満たない数字だ。とはいえ、これはスイッチサイエンスのマーケットプレイスだけの数字で、おそらくそれ以外で売られている同人ハードウェアはもっともっとたくさん、おそらく数倍はあるだろう。もちろんMakuake等のクラウドファンディングの数字も上記には含まれていない。

たとえばコミケでもいくつかのサークルが基板などのハードウェアを売っている。コミケの入場者数が50~60万人、Maker Faire Tokyoの入場者数が2万人弱。もちろんいろいろ前提が違うので、ムリヤリ比較することはできないが、「同人ハードウェアの盛り上がりは、マンガ市場に比べて0.5~5%ぐらいの規模」というのは、個人的に納得できる数字だ。

日本の同人誌、DIYのコンテンツカルチャーは、規模もクオリティも世界に類のないものだ。圧倒的と言っていい。「その1%でも自分の国にあったらな」と考える海外のオタクは多いだろう。豊かなDIYテクノロジーの文化があることは、日本のMakerとして誇れると思う。

たとえば鈴木哲也{.markup–anchor .markup–p-anchor}氏が委託販売しているSBC6800という、「モトローラ6800」のルーズキットが売られている。

1970年代の名マイクロプロセッサ「モトローラ6800」のキット

ルーズキットについて説明にこうある。まさに同人だ。

ルーズキットは1970年代のアメリカでアマチュアどうしの交流から生まれた組み立てキットの一形態です。プリント基板、技術資料、データパックを提供する一方、本体の部品、ACアダプタ、USB-シリアル変換ケーブルはご自身で用意していただく必要があります。ですから、本製品の内容物は、実質プリント基板が1枚だけです。

技術資料とデータパックは下に示すリンクからダウンロードしてください。技術資料では本体の部品の入手元も紹介しています。現時点で老舗の部品店に一定量の在庫があります。もしそれが売れ切れてしまったとしても、注文の手続きが少々ややこしいのですが、国内で大量に在庫し、個人向けに1個から即日出荷可能な部品店があります。

SBC6800ルーズキットは歴史マニアやビンテージICコレクタの皆さんにネットで自慢できるようなコンピュータを完成させてもらうことが目的です。一般の方だと、頑張れば乗り越えられる程度の難関があります。あらかじめ技術資料をお読みの上、うまく作れそうな場合にご利用いただければ幸いです。

Appleの黎明期、手作りのApple Iを思わせるような言葉だ。僕が運営に関わっているシンガポールや深センには、1970年代にはMakerシーンのかけらもなかった。

こうしたノスタルジアに満ちたレトロな成果物もあれば、Googleが2016年のエイプリルフールに公開した物理フリックキーボードのキット{.markup–anchor .markup–p-anchor}もある。


物理フリックキーボード


作者の@junya28nya{.markup–anchor .markup–p-anchor}氏は、Seeedの基板実装サービスやTechshop Tokyo{.markup–anchor .markup–p-anchor}のUVプリンター、Twitterでの宣伝まで含めたプロジェクトの活動すべてを、物理フリックを30個量産販売している話{.markup–anchor .markup–p-anchor}としてエンジニア向け知識共有サービス「Qiita」で公開している。同様のストーリーは、小さなArduino/Trinket互換機「8pino」に関して、Arduinoを自作して量産して販売する(超小型Arduino互換機 8pinoを例に){.markup–anchor .markup–p-anchor}としてユニットVITROの田中章愛氏も公開している。

「無駄な抵抗コースター」テクノロジーを使ったジョーク的なもので、まさに同人ハードウェア

秋田純一{.markup–anchor .markup–p-anchor}氏の「無駄な抵抗コースター」は、100円ショップで売られているコルク製のコースターにシルク印刷して販売している、まさに同人誌のハードウェア版だ。シルク印刷はオンラインサービスで行っている。同人誌が印刷所を使うようなものだ。そうした「ハードウェアを作るサービス」は年々どんどん進化している。秋田氏の本業は金沢大学 理工学域の教授だが、金沢大学のサークル(卒業後も参加している人も多い)テクノアルタ{.markup–anchor .markup–p-anchor}も、「冷えミク」{.markup–anchor .markup–p-anchor}や「ラブリーノ」{.markup–anchor .markup–p-anchor}などいくつもハードウェアを販売している。

こうしたコンテンツとテクノロジーが合わさったカルチャーは作った人だけでなくて、買った人、Maker Farire Tokyoやニコニコ技術部ほかのイベントに来た人、ネットでシェアした人、そうしたMakerみんなで作っているものだ。しかも、自分の制作物をシェアし実際に他人に届ける活動は、冒頭に数字で紹介したとおり、今も急速に拡大していて、しかもコミケはほぼ全サークルが販売をしているが、Maker Faire Tokyoではそうではないことを考えると、まだまだ拡大の余地がある。

Maker Pro 社会的な存在であるMaker

こうしたマーケットプレイスを、世界を相手にずっと続けている深センのSeeedは、最近**「Maker Pro」**という言葉を強く打ち出している。Maker Proは「ハードウェアスタートアップ」と重なる部分もあるけど違う言葉だ。スタートアップはフルタイムの仕事だ。「スタートアップは40年間ゆっくり働くかわりに4年間ものすごくハードに働く」と、アメリカのVCであるY Combinatorのポール・グレアム氏は言っている。かつては趣味の延長と考えられていたクラウドファンディングは、むしろハードウェアに関してはプリセールスの一つ、プロの仕事場になりつつある。

Maker Proはフルタイムのハードウェアスタートアップよりずっと範囲の広い言葉だ。Seeedは**Makerの役割を"Prototype, Produce, Promotion"と言っている。**Prototypeは制作すること、Produceはその制作物を他人から見てどう見せるか、Promotionはオープンソースで公開したりMaker Faireで展示したりして多くの人を巻き込むこと。それぞれの力をもっと強くしていこうというのがMaker Proへの呼びかけだ。

巻き込むというのは協力者を見つけることだ。たとえばMaker Faireで展示する際に、自分が席を外しているときに誰かがブースにいてくれるだけですごく助かる。そのときの出展物は、Prototypeをした人だけのものじゃない。もちろんファンや購入者も大事だ。前回の君が内向的なオタクであることはいちばん大事なことだ「世界ハッカースペースガイド」{.markup–anchor .markup–p-anchor}で書いたように、自分の興味を受け取ってくれて、一緒に好きだと言ってくれる人がいるから、僕たちのプロジェクトは続く。

Maker Faire Shenzhen 2017では、各ブースに「MAKERS GO PRO」の文字があった。「ホームセンターてんこ」などのマンガで知られるとだ勝之{.markup–anchor .markup–figure-anchor}先生も出展。とだ先生は、工作物と商業誌と同人誌を自分のブースに並べ、大人気のMaker Proだった。(撮影:伊藤亜聖)

Hardware is Hardといわれる。その困難さを指して、ソフトウェアのものづくりはバンド活動、ハードウェアものづくりはオーケストラともいわれる。展示ブースを助けてくれる人、他の人を連れてきてくれる人は、オーケストラの一員だ。Makerはいつでも誰でもできる。自分で演奏することも他人と一緒に演奏することもできる。

深センの有名Maker、セクシーサイボーグことナオミ・ウー氏が言う{.markup–anchor .markup–p-anchor}とおり、Makerの活動には見せることなどで他人と関わる活動も含まれる。Makerは社会的な存在だ。

深センのハードウェアアクセラレータHAXの資料に見る、Hardware is
HARDの図。バンドのようにフレキシブルに行えるソフトウェアに比べて、多くの人が関わるハードウェアはオーケストラを組織するようなものだ。

ものを作って生きるには

Maker Proはお金を稼ぐという意味のプロフェッショナルだけではなく、そうやっていろいろなMakerたちを巻き込んでいこうという意味が込められた言葉だ。

『物を作って生きるには — — 23人のMaker Proが語る仕事と生活』{.markup–anchor .markup–p-anchor}(ジョン・ベイチェル著、野中モモ訳。オライリージャパン)は、アメリカの16人のMaker Proに加えて、日本語版では日本から6人が紹介されている。この書籍の登場人物で製造業の会社経営者は、MakerBotのザックと、Chumbyのバニー・ホアン、ホットプロシードの湯前祐介氏の3人ぐらいで、その3人を含めた23人全員が、作ること、自分の作ったもので人と関わること、つまりはそれぞれの"Prototype, Produce, Promotion"の面白さを語っている。生きることが社会的な活動であるように、ものを作ることも社会的な活動だ。

僕が出している2冊のMakerに関する著書はオンデマンド出版で、これまでの出版に載らなそうで、実績がない著者の本を、初期投資を少なくしてとりあえず出版してみるという、同人とプロの出版物の中間のようなものだが、それでも実際に自分の書いたものを数時間かけて読んでくれる読者の存在や、僕が行うMakerイベントを一緒に形作ってくれる共演者や観客、運営者などの人々の存在は、僕を大きく変えた。そうした活動でできた僕と社会との関係が、今の僕のバックグラウンドになっている。こういう活動は社会がどうなろうと、自分たちの手作りで大きくしていくことができる。

Maker Faire Tokyoで、自分のハードウェアを販売しているブースはそれほど多くない。販売すると出展料の区分が変わるなどの事情あり、出展ブース全体の半分に満たないだろう。だが、今後はますます増えていくのではないだろうか。

また、日本から海外のMaker Faireに自分のハードウェアを売りに行く人はさらに増えていくはずだ。言葉の壁はあるが、日本発のWebサービスが世界に出て行くより、ハードウェアの方が世界に出て行きやすいと思う。前述したナオミ・ウー氏のインタビューにも、彼女の最初のハードウェアプロジェクトは、日本の光るスカートを踏まえたものだと書いてあった。Makerの活動は簡単に国境を超える。

僕は世界で一番たくさんアジアのMaker Faireに参加しているが、どこのMaker Faireでも日本からのブースは大人気だ。日本のコンテンツが注目されていくように、日本のMakerはますます注目されていくと思っている。

Maker Faire Bangkok 2018でのスイッチサイエンスブース。日本から持って行った「MIERUNDES」{.markup–anchor .markup–figure-anchor}という委託販売品が注目された。まわりの日本人出展者も大人気。

By TAKASU Masakazu/高須正和{.p-author .h-card} on March 23, 2025.

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