前に呼んだ「知中論」も、この「八九六四」も、安田さんの著作はどれも、自分たちが悠久の歴史の中に生きているというロマンを与えてくれる。人間はストーリーで記憶を積み重ねていくものだから、情報量が多くてもわかりやすい。誠実な書きぶりで、ストーリーにあわせてムリヤリ事実を集めた感じはない…


前に呼んだ「知中論{.markup–anchor .markup–p-anchor}」も、この「八九六四{.markup–anchor .markup–p-anchor}」も、安田さんの著作はどれも、自分たちが悠久の歴史の中に生きているというロマンを与えてくれる。人間はストーリーで記憶を積み重ねていくものだから、情報量が多くてもわかりやすい。誠実な書きぶりで、ストーリーにあわせてムリヤリ事実を集めた感じはない。

僕の中国のイメージを変えた本のひとつに、浅田次郎の「蒼穹の昴{.markup–anchor .markup–p-anchor}」シリーズがある。清朝末記の中国とくに北京を舞台に、中華の士大夫たちの生き様を描いたこの小説は、三国志や水滸伝の武侠モノや、毛沢東達の革命もの、そして街で見かける中国人達の「ルールはともかくとにかくエネルギッシュな」イメージに加えて、文化を愛し言葉を紡ぐ士大夫たちのイメージを思い起こさせた。ぼくの「中華」のイメージは、この本でできたようなものだ。

読んでしばらくしてシンガポールに住むことになり、リークアンユーほか華人を中心にした人達が国をゼロから作り上げ発展させていく様子を見て、僕の中の華人のイメージはまた変わった。ケンブリッジで法学を学び、70過ぎてからコンピュータで初めての自著を書いたリーの「シンガポール・ストーリー{.markup–anchor .markup–p-anchor}」には、孔子や儒教への傾倒が随所に出てくる。僕の中では「蒼穹の昴」でのヒーローの一人李鴻章とリークアンユーはダブって見え、自分の中での「中華の進士」のイメージのひとつだ。

「知中論」の読書体験は、そうしたイメージが現実の中国に重なっていく、非常に爽快な体験だった。そしてこの「八九六四」はより具体的で現在進行形で一人称のエピソードがあつまり、知中論の知見をさらに生き生きしたものにしてくれる。

一方で、知の積み重ねに価値を置く知性主義と自己の経験をつきつめる反知性主義は、アカデミズムとメイカームーブメント、イギリスとアメリカといった形で、今の僕のテーマである。このへんの話は山形さんのこのブログが詳しい。

反知性主義1: ホフスタッター『アメリカの反知性主義』 知識人とは何かを切実に考えた名著 - 山形浩生の「経済のトリセツ」
*反知性主義をめぐる本を3冊読んだので、その話をちょっと書こう。なぜそう思ったかというと、『 現代思想』の「 反知性主義特集」に対するアマゾンのレビューがぼくの ツイッター でちょっと話題になっていたからだ。…*cruel.hatenablog.com
{.markup–anchor .markup–mixtapeEmbed-anchor} 僕が活動の場とする深圳、マレーシア、シンガポール、香港といった南方中華圏は経験主義の色が濃く、北京は中華的な知性主義の中心地だ。「八九六四」は、その北京の中心地でエリート達が起こした活動が、同中国を変え(または変えず)、世界を変え(または変えず)、そして活動したそれぞれに影響を及ぼしているのかが、多くのインタビューと明確な分析から生き生きと伝わってくる。

インターネットが世界を取り巻き、個人から資本を巻き込んだ社会運動(たとえば初音ミク,Youtuber,Tic Takなど)を起こすことが珍しくなくなった現在、「政治」はどんどんホットではなくなっているテーマだと僕は思っている。政治運動のヒーローよりもジャック・マーやマーク・ザッカーバーグが、そして自分のパソコンでプログラムを組み立て事業を起こす人たちが、どの国でも世界を変えていくだろう。

天安門事件の指導者の一人でバリバリのエリート王丹がFacebookで教え子達と温かい交流をしていることが、個人的には本書のハイライトだったし、香港の市民運動の混乱ぶりには暗い気持ちになった。

ジーザス・クライスト・スーパースターというアンドリュー・ロイド・ウェーバーのミュージカルのクライマックスは、死後のユダが犠牲になったキリストに向かって「なんでテレビも新聞もない紀元前に生まれたんだ?スーパースターのキリストがマスコミュニケーションを使えば、本当に世界を救えただろう。生まれる時代を間違えたんじゃないか?」と唄うシーンだ。

どの時代でも「八九六四」の登場人物達のように世の中をよくする活動は起こる。若い中国人達はどう社会と関わっていくだろう。

By TAKASU Masakazu/高須正和{.p-author .h-card} on June 15, 2018.

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